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直近更新日:2022年11月16日

106億円をカジノで溶かて服役した大王製紙前会長井川氏の現在とは?

大王製紙前会長の井川意高氏は、子会社から借り入れた106億8,000円をカジノで溶かし、2013年2月に懲役4年の実刑判決を受けた事件を知っている人は多いのではないでしょうか。
また、出所後は3,000万円を9億円まで増やしたけど、それも全て溶かしたことを明らかにしており、波瀾万丈な人生を送る井川氏ですが、2022年11月現在はどうなっているのでしょうか。

大王製紙前会長の井川意高氏の紹介

大王製紙前会長の井川氏は、子会社から借り入れた資金を私的に流用してカジノで106億円を溶かしたことで話題になりました。
では井川氏とはどのような人なのでしょうか。

井川意高氏の経歴は以下の通りです。

  • 生誕:1964年7月28日(58歳)
  • 職業:無職(元・実業家)
  • 配偶者:独身(離婚歴あり)
  • 子供:あり(長女、次女、長男)

井川氏の小学生から大王製紙の代表取締役を辞任するまでの経歴は以下のようになっています。

1977年3月 渋谷区立大向小学校 卒業
1977年4月 筑波大学附属駒場中学校・高等学校 入学
1983年3月 同校 卒業
1983年4月 東京大学法学部 入学
1987年3月 同校 卒業
1987年4月 大原簿記学校 入学
1988年3月 同校 卒業
1988年4月 大王製紙株式会社入社/三島工場次長、常務取締役、専務取締役を歴任
1998年6月 同社 代表取締役副社長 就任
1998年6月 同社 代表取締役副社長 就任
2006年4月 名古屋パルプ株式会社 代表取締役社長 就任
2007年4月 大王製紙株式会社 代表取締役社長 就任
2011年6月 同社 代表取締役会長 就任
2011年9月 不祥事発覚により代表取締役会長を辞任

井川 意高(いかわ もとたか)氏は、日本の元実業家です。大王製紙創業家3代目で、「ティッシュ御曹司」と称されました。大王製紙の売上アップに貢献した経営者ですが、不祥事により失脚しています。

井川氏の生い立ち

井川意高氏は愛媛県伊予三島市(現:四国中央市)を拠点とする、製紙会社大王製紙の創業家で、2代目である井川高雄氏の長男として生まれました。
生まれたのは京都府京都市内でしたが、小学校入学まではアメリカで育ちました。帰国後、愛媛県内の小学校に入学し、卒業直前に家族とともに上京。渋谷区内の小学校に転入し卒業しました。

なお小学校時代の夏休みや冬休みには、東京都内の学習塾で中学受験の集中講座を受けていたのですが、その際には飛行機で通っていたという逸話があります。その後、筑波大学附属駒場中学校・高等学校を経て、東京大学法学部を卒業します。大学生時代には父親の帝王学の一環で、銀座のクラブで財界の大物経営者たちと交流していたそうです。

カジノで106億円溶かした井川氏の事件

大王製紙事件とは2011年に発覚した背任事件を指します。大王製紙・創業家出身の井川意高氏が、個人的にカジノへの賭け金に充てることを目的に、大王製紙の子会社から不正に資金を引き出し、私的流用(横領)を行った事件です。私的流用の発覚により井川氏は会長を辞任します。

後日、大王製紙から刑事告発を受け、特別背任罪で逮捕されました。上場企業の創業家経営者が、子会社から多額の資金を引き出し、それを横領したことから社会の注目を集めました。

事件の経緯

学生時代から賭け事に通じていた井川意高氏は、ある時からカジノでバカラにはまります。やがてマリーナベイ・サンズやギャラクシーマカオ、ウィン・マカオなどのカジノで巨額の借金を背負うことになります。その借金返済とさらなる賭け金を求めた井川氏は、大王製紙の子会社7社から2010年に約23億5,000万円、翌2011年4月からの半年間でさらに約60億円を個人的に借り入れます。

これらの資金は子会社各社に書類を整えさせていましたが、融資先である井川氏の使途については不明のままでした。そして約50億円が未返済となっていました。 当初、借入総額は約83億5,000万円と見られていましたが、関連資料によりその総額は106億円に上ることが明らかになります。この事実が発覚したのは2011年9月で、その時点で井川氏は大王製紙の会長を辞任しました。 大王製紙側は井川氏を刑事告発すべく準備を始めます。そして2011年10月に東京地方検察庁が、特別背任容疑で捜査に着手します。翌11月22日に井川氏は会社法違反(特別背任)の容疑で、東京地検特捜部に逮捕されました。

裁判と判決

井川氏は起訴後の2011年12月22日に保釈金を支払い保釈されます。保釈金の金額が3億円と高額だったため、大きな話題となりました。裁判は粛々と進められ、2012年10月10日に東京地方裁判所は、懲役4年の実刑判決を言い渡します。

これを不服とした井川氏は即日控訴します。しかし2013年2月28日に東京高等裁判所は1審を支持して控訴棄却としました。井川氏は上告しますが同年の6月26日に、最高裁判所は上告を棄却し懲役4年の実刑判決が確定します。井川氏は喜連川社会復帰促進センターに収監されました。そして2016年12月14日に仮釈放され、2017年6月に刑期満了となります。 2011年に逮捕されてから、6年の月日が経っていました。

井川氏の出所後と現在

井川氏は出所後もメディア活動やメルマガ配信など精力的に活動をしています。ただ、どうしてもカジノを止めることはできないようです。

執筆活動とテレビ出演

井川意高氏は収監中だった2013年11月に初の著作となる、『熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録(双葉社)』を出版しています。出所後も執筆活動は継続され、2017年9月には堀江貴文氏との共著で、『東大から刑務所へ(幻冬舎)』を出版しました。

さらに2022年6月には『熔ける 再び そして会社も失った(幻冬舎)』を出版しています。また執筆活動と並行して『じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告~(2018年1月31日、テレビ東京)』など、たびたびテレビにも出演しています。

SNSなどWeb上での活動やマスコミ対応

井川意高氏はTwitterとInstagramにアカウントを開設し、積極的に発言を行っています。また月額990円のメールマガジンや、月額9万9,000円のリアルで集まるサロンも運営しています。マスコミからの取材やインタビューにも多数応じており、カジノ中毒についての警鐘も鳴らしています。

106億円をカジノで溶かした人物の言葉ですから、重みが違うといっていいでしょう。

現在の私生活

井川意高氏は出所後、韓国のカジノに再びはまります。そして3,000万円を元手にして、4日間で9億円にまで増やしたものの、結局全て溶かしてしまいました。

しかし井川氏のギャンブル熱は2019年の夏に急に冷めてしまいます。それについて井川氏はシンガポールのカジノで、1ヶ月にわたってバカラをやり続けたものの、だらだらと負けが高じるばかりで燃え尽きたと語っています。今では暇つぶしにネットカジノで遊ぶくらいなのだそう。現在の井川氏はギャンブルからは完全に距離を置いています。そして日中には過去の経験を生かして、経営者の相談に乗ったり人の手伝いなどをし、夜は毎晩友人・知人と飲み歩いているのだそうです。

その姿は58歳の若さながら、どこか隠居のように見えると噂されています。